東京地方裁判所 昭和60年(ワ)6311号 判決 1987年4月16日
原告
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
本多藤男
被告
岸義和
右訴訟代理人弁護士
川原井常雄
同
石黒康仁
同
佐藤嘉記
主文
一 被告は、原告に対し八八九万五九五二円及びこれに対する昭和五七年六月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告その余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 原告
1 被告は、原告に対し三〇一七万一八二七円及びこれに対する昭和五七年六月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 原告の請求原因
1 本件交通事故の発生
(一) 日 時 昭和五七年六月五日午前零時五分
(二) 場 所 東京都港区六本木一―一―二先路上
(三) 被害者 原告
(四) 加害者 被告
(五) 態 様 被告は、普通乗用車を運転して赤坂溜池方向から六本木方向へ進行し、谷町交差点を麻布方向へ左折する際、三車線の一番左側車線を進行中の原告のバイクにあて逃げしたものである。
(六) 受 傷 原告は、本件事故により外傷性頭頸部症候群の傷害を受け、ヘアーモデルとして第一線で活躍していたが舞台に立つことができなくなつた。また、原告には、自律神経症状として嘔気、嘔吐、頭痛、異常知覚、円形脱毛症などが強く出ており、脳波についてもボーダーラインで経過観察が必要であるとされている。
2 責任原因
被告は、前記普通乗用車を所有し、これを運行の用に供する者であり、かつ、左右の安全を確認して進行する義務があるのにこれを怠つて本件事故を発生させたものであるから、被告は、自賠法三条、民法七〇九条により本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。
3 原告の損害
(一) 治療費 二六八万二三九二円
昭和五七年六月五日から昭和六〇年二月一八日までの治療費
(二) 入院雑費 四万六〇〇〇円
入院日数四六日につき一日あたり一〇〇〇円
(三) 交通費 五〇万一五〇〇円
(四) 慰藉料 三五七万円
原告は、本件事故による傷害の治療のため四六日間入院したほか、三四七日間通院して治療を受けたが、前記のとおり円形脱毛症等の後遺障害が残つたことなどを考慮すると、原告に対する慰藉料としては三五七万円(入・通院慰藉料一七〇万円、後遺障害慰藉料二〇九万円)を相当とする。
(五) 休業損害 一四八九万五三七九円
年収五九九万四二四六円から年間経費八七万円を控除した額を三六五日で除して一日あたりの収入を算出し、それを基準として事故日から昭和六〇年四月三〇日まで一〇六一日間の休業損害を算定すると合計一四八九万五三七九円となる。
(六) 逸失利益 一三二二万九九一六円
原告は、本件事故当時ヘアーモデルとして稼働し、年間五一二万四二四六円程度の収入を得ていたが、円形脱毛症のため向う四年間ヘアーモデルとして稼働することができず、他の職務に従事するとしても一八歳の女子の平均年収一三九万三二〇〇円程度の収入を得ることが期待しうるにすぎないから、原告は、次の算式のとおり一三二二万九九一六円の損害を被つたものというべきである。
512万4242円−139万3200円×3.5459=1322万9916円
(七) 破損衣服代 一〇万六二五〇円
(八) メガネ代 四万一五〇〇円
(九) 損害のてん補 五一二万一一一〇円
4 結論
よつて、原告は、被告に対し、前記(一)ないし(八)の損害合計三五二九万二九三七円から(九)の五一二万一一一〇円を控除した残額三〇一七万一八二七円及びこれに対する本件事故発生の日の昭和五七年六月五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の(一)ないし(五)は認めるが、同(六)は不知。
2 同2は認める。
3 同3の(一)ないし(八)は不知、同(九)は争う。
4 同4は争う。
三 被告の抗弁
被告は、治療機関に直接治療費として九〇万三〇七五円を支払つたほか、原告に対し休損等として五四二万一一一〇円を支払ずみである。
四 抗弁に対する認否
抗弁は認める。
第三 証拠<省略>
理由
一原告の請求原因1の(一)ないし(五)及び同2は当事者間に争いがないから、被告は、自賠法三条、七〇九条により本件事故によつて原告が被つた損害を賠償する責任がある。
二そこで、原告の受傷内容、治療経過、後遺障害等について判断するに、<証拠>を総合すると、原告は、本件事故当日の昭和五七年六月五日六本木外科胃腸科病院で背部打撲、左肘打撲の病名で診断治療を受けたほか、昭和五九年一月一八日までの間都立広尾病院、駿河台日本大学病院、六本木外科胃腸科病院などに入・通院(入通四六日)して治療を受け、昭和五九年一月一八日第一四級第一〇号の後遺症(頭部・頸部痛)を残して症状が固定したものと診断されていること、しかし、昭和五七年九月頃から原告の頭頂、後頭部などに円形脱毛症が出現し、それが大きくなつたり小さくなつたりして推移し、昭和五八年五月一五日の聖路加国際病院での診断では頭頂、後頭部に〇・五センチメートルないし二センチメートルの脱毛巣四、五個が存在し、昭和六一年二月一九日の同病院での診断では前頭部二個所に一・五センチメートルと二センチメートルの円形脱毛が存在するものとされ、この円形脱毛症は本件事故に起因するものと判断されていることが認められ、右認定に反する証拠はない。
三進んで、原告の被つた損害について判断する。
1 治療費 二五二万九八八七円
<証拠>によれば、原告は、被告が直接医療機関に支払つた治療費のほか、治療費、薬代などとして合計二五二万九八八七円を下らない支出をしたものと推認することができ、右推認を覆えすに足りる証拠はない。
2 入院雑費 四万六〇〇〇円
<証拠>によれば、原告は、入院中一日一〇〇〇円を下らない雑費を支出したものと認められ、右認定に反する証拠はない。
3 交通費 〇円
<証拠>によれば、原告は、通院に際しタクシーを利用したことが認められるが、原告の症状に照らし、タクシーでの通院が必要不可欠であつたことは認められないし、他の交通機関を利用した場合の交通費の額を算出する証拠もないから、原告の交通費の請求は認めることができない。
4 慰藉料 二五〇万円
原告の受傷の内容、治療経過、後遺障害の内容、程度等諸般の事情を総合すれば、原告に対する慰藉料としては二五〇万円をもつて相当と認める。
5 休業損害 六三三万〇二七五円
<証拠>によれば、原告は、本件事故当時ヘアーモデルとして稼働していたが、本件事故による入・通院等のため少なくとも被告の自認する五九三日間は稼働することができなかつたこと、原告の昭和五六年度の年間収入は五九九万四二四六円であつたが、経費として三五パーセント程度を必要としたものとするのが相当であるから年間約三八九万六二六〇円、一日あたりの純収入は約一万〇六七五円となることが認められ、原告の休業損害は合計六三三万〇二七五円をもつて相当と判断する。
6 逸失利益 二七六万三一五〇円
<証拠>によれば、原告は、頸椎捻挫後遺障害と円形脱毛症などのため通院治療を終えた後も少なくとも四年間ヘアーモデルとして稼働することができなくなつたと認められるが、<証拠>によれば、喫茶店などでアルバイトをしたり日常の家事に従事することができるものと認められるから、原告の逸失利益としては向こう四年間を通じ二〇パーセント程度の収入の減少を受けるものと認めるのが相当であり、それを超える原告の逸失利益の請求は失当というべきである。そうすると、右期間の原告の逸失利益は、次の算式のとおり二七六万三一五〇円となる。
389万6260円×0.2×3.5459=276万3150円
7 破損衣服代 一〇万六二五〇円
<証拠>によれば、原告は、本件事故によりその当時着用していた衣類、ヘルメット、靴等が破損、汚損し、そのことにより一〇万六二五〇円程度の損害を被つたことが認められる。
8 メガネ代 四万一五〇〇円
<証拠>を総合すれば、本件事故により原告の視力が低下し、視力を矯正するため眼鏡を購入し四万一五〇〇円を支出したことが認められる。
9 損害のてん補 五四二万一一一〇円
原告が本訴請求に係る損害のてん補として被告から五四二万一一一〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。
四以上のとおりであるから、原告の被告に対する本訴請求は、前記三の1ないし8の損害合計一四三一万七〇六二円から同9の損害てん補額五四二万一一一〇円を控除した残額八八九万五九五二円及びこれに対する本件事故発生の日の昭和五七年六月五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容するが、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官塩崎 勤)